ニャヌュパ・ガイモ・ガイモ

ンドペソド・ンゴイ・ンゴイ

FACE

 妻が結構バタ臭い顔をしていて、僕は醤油系なんだけどネチャっとした顔貌をしているから、子供の顔はネッチャリバター醤油顔になってしまうんじゃないかと心配をしていたんだけど、今のところ良い具合に妻に似てくれている(嬉しい)。抱き癖がついてしまったのか、目を覚ませばニャアニャアと泣いて僕達夫婦をサボらせてくれない。



最近こんなんばっか聴いてる


 リビングで童謡を流しながら子供を抱いている自分のことを客観視すると、何か悪い冗談のようにしか思えない。親の自覚が足りていないとかそういうことではなくて、自分が親の役割をしていることが、どこか演技めいた物に思えるからかもしれない。
 以前、大学時代の友人に子供が生まれたというので、正月に会いに行ったことがあった。年始の大曽根で家族連れとお茶を飲めるのはイオンくらいしかなくて、そこのフードコートでベビーカーを引く友人夫婦と落ち合った。彼が父親としての役割を全うしているかは知らない。少なくとも僕の見ている前では父親らしく、ベビーカーを揺すって子供をあやしたりしていた。けれど、大学生の頃から知っている友人が「The 家族」みたいな格好をしているのは滑稽で、そして微笑ましかった。
 男性は誰でも、子供に向かうときは父親の仮面を被っているだけなんじゃないかと最近は思う。少なくとも僕は友人に対するときと子供に対するときでは全然違う自分になっている。僕の父は父親らしいことをあまりしてくれなかった人だったけど、それでも僕に対するときに父親の仮面を脱ぐことはなかった。そしてこれからもそうだと思う。
 親になったことは限りなく幸せだけど、性質は悪夢に近い。居心地は悪くない。そして、じきに夢のほうが現実になるのかもしれない。


悪夢ちゃん

理子、頭をよくしてあげよう

子供が1歳になるまで沢山接した方がよく懐いてくれると聞いたので、最近子供に沢山話しかけている。
乳幼児期からの刷り込みが大切なのでは?という仮定の元、『理子ちゃんは本当にパパのことが好きだね〜?パパのことそんなに好きなんだ〜〜?』と壊れたファービーのように繰り返し話しかけているので、初めて話す言葉はきっと『パパ好き』になるのではないだろうか。もしくは『Bad name』になるはずである(子守唄にしている)。



子供に大げさに、ゆっくり、声高に、抑揚をつけて話しかけることを『マザリーズ』という。意識するしないに関わらず行われる、世界中で見られる現象であり、乳幼児もそれを好んで聞くようだ。
ヒトの脳にはミラーニューロンという領域がある。元々、一匹のサルが餌を積み上げる行動をするとき、そのサルを見ていた別のサルのあるニューロン群が活性化するという実験結果から端を発した研究で、他者の行動を見ると「まるでその行動を自分がしている」かのように脳が活性化することから、他者の模倣を行うためのシステムであるといえる。これが他者の表情を見たときにも他者の考えているものを感知する領域が活性化することから、情動的共感を生むことにも働くらしい。
数年前に理研が発表した記事によると、マザリーズを話すことによって母親側にも影響が現れるようで、

産後鬱にかかった母親はマザリーズを話さず、平坦な口調になることが知られています。またマザリーズを話さない状態が続くと、乳幼児へ悪影響を及ぼすことも示唆されて

いるらしい。

子どもの言語発達に合わせて親もマザリーズ(母親語)の脳内処理を変化(この内容ホンマでっかTVでも紹介されてたらしい)

面白いことに、ある種のサルでも道具の使い方を子供に教える際に"大げさに"、"ゆっくり"行うことがあるそうで、ヒトと同じくマザリーズ的な行動をしているのではないかという説もある。


そういうわけで今は大げさに、ゆっくりと、『パァパァのこぉどぉ〜〜〜、好きだでぇぇ〜〜』と話しかけてみている。少年時代の貴ノ花のように。


Baby I Love You

 子供が産まれた。
 午後10時頃から陣痛が始まり、結局産まれたのは翌日の午後6時。かなりの難産だった。陣痛が本格的に強まってきてから、妻はずっと腰が痛いと言い続け、それでもお腹の中の子供に向かって懸命に話しかけていた。
 立会い出産だったんだけど、それまでの時間が長かったこともあって、娩出のときは本当に嬉しかったし、妻にも健やかな表情が戻ってきていて安心をした。月並みな言い方になるけど、出産は神秘だし、過酷だった。
 我が家の第一子となる長女は新生児にも関わらずパッチリ二重で、生後30分にして既に僕よりも目が大きかった。




こんなことやってた奴が子持ちですよ



 出産した病院では午後3時〜8時が面会時間とされているんだけど、当日だけは夜中も居続けてよく(出産後の介助のため)、妻に付き添って結局夜の11時くらいまで病室にいた。
 なんだか夢見心地で、帰宅途中コンビニに寄ったんだけど、ついつい『俺、さっき子供産まれたンすよ〜』と、店員に向かって宣伝したくなってしまって、なんとか留まったんだけど、それでも誰かに、いや、誰にでもこのことを報告したくて、Facebookに一枚だけ写真をアップロードした。子供が産まれるとまるで、世界中が自分たちを祝福してくれているような錯覚に陥ることが解った。
 もちろんそれは間違っていて、自分たちの間に産まれたものは、世界中で同じ日に産まれているもののうちのたった一人に過ぎないし、身近な人にとっても、無関係な人よりかは距離が近いから多少関心があるくらいのものに過ぎない。だから、小さなサークルの中の些細な喜びに過ぎないこのことを、理性を持って、小さなサークルの中だけで紙風船みたいに大事にしなくてはならない。しなくてはならないんだけど、翌朝台風一過の青空が妙に青く見えて『──空が……綺麗だな……』と独り言をつぶやいてしまい、まだあんまり魔法が解けていないことが解った。


 そんな高揚した気分でいるものだから、今、名付けに苦労している。
 名付けの段になって解ったことは、キラキラネームを付けてしまう人の気持ちだった。
 名付けに関しては妻と一緒に産前から苦労して考えていて、読みやすくて、今風だけどキラキラ過ぎない(と、自分達は信じている)、そんな名前になんとなく決まっていた。決まっていたんだけど、いざお腹の中から出てきたものを目の当たりにすると、こんなにも小さくて儚い生き物に人間の名前を付けていいものかと思ってしまった。一生懸命考えた名前もなんだか似つかわしくなくて、その場の感情だけに従うのなら、突拍子もない、ぬいぐるみやペットと同じ名前の方がふさわしいように思えた。
 だから、今話題になっているようなキラキラネームを付けてしまう人も、子の未来の姿を想像しないという浅はかさはあるにしろ、その場の感情だけならばむしろ共感できると思えた。もちろん人はぬいぐるみでもペットでもないのだから、人としての名前を付けなくてはならない。未来を想像しなくてはならない。理性を持って。


ペケペケ

 2015年は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で主人公マーティ・マクフライが未来旅行をした世界だ。
 現実の2015年では映画の世界みたいにホバーボードが飛ぶことはないし、ポケットの内袋を外に出すファッションが流行ることも無かった。
 今年の正月、その『ズボンのポケットを出した姿』を真似して妻に見せてみたら、妻は「チョットよくわかんない」みたいな顔をしてきたので、とりあえず映画の内容を説明してみたら、「ああ、そういうことね」と妻は納得した様子だったんだけど、何故かヤヤウケみたいな感じで終わってしまい、僕は秘孔を間違えたときのアミバみたいな顔になってしまった。多分。



アミバ天才手帳2011 ん!?スケジュールをまちがったかな…

アミバ天才手帳2011 ん!?スケジュールをまちがったかな…

アミバ天才手帳なんてモノがあった。


 僕はネガティブな方なので、昔から結構、過去に戻りたいとか考えることが多かった。思い出話が好きなのもそういう理由なのかもしれない。
 友達が多そうに見えて少なそうに見えてやっぱり少ないというか、人間関係も後悔することばかりだったから、あのときああしていれば良かった、とか、過去に戻ってもっと別の人生にしてみたい、と思うことがやっぱり多かった。
 でも、先日、久しぶりに、過去に戻ったらどうしたいか、とふと考える機会があって、確か、2chまとめサイトか何かを見ていたときだったと思うんだけど、そのとき僕は、妻や友人にどうやったらもっと早く出会えて、どうやったらもっと早く仲良くなれていただろうか、と自然と考えていて、なんとなしにそんな前向きなことを考えている自分に気付けて、ちょっと嬉しかったし、とりあえず今は自分は幸せだと思っているんだろうと思った。もうちょっと何年後かにもおんなじことを思えていたらいい気がする。

自転車泥棒

なんだか矛盾したようなことを言うけど、僕は小さい頃から思い出話が好きだった。
昔から行動的な方ではなかったので、少ない経験を、反芻して、繰り返し話していたのだろう。
取り立てて変わったことの起きない(かといってまったく何もないのも中央値から外れているだろうから、人様に大きな影響を与えない程度の小さな出来事が起きる程度の)普通の人生だったので、人様に大きな影響を与えない程度の小さな出来事をまるで大事件のように話しては、退屈そうな顔をしている話し相手を沢山見てきた。だから、お話一発で人を惹きつけられる人を心底尊敬してしまう。面白いこともさらなり、人前で噺を打って、相手の顔色を見て、不安になりはしないのだろうかと。



別に自転車を泥棒されたわけではない


小さな思い出話をしようと思う。
僕にとっての人生の大事件は二つくらいしかなくて、一つはチュニジアを旅行したら現地で革命が起きて巻き込まれたことで、もう一つは中学生の頃に引ったくりに遭ったことだ。チュニジアの話はまた今度書くとして、今日は引ったくりに遭ったときのことを書こうと思う。

僕には自転車運がない。自転車運という言葉があるのかは知らないけれど、とにかく自転車にまつわる不幸話が多い。僕の右フクラハギには、キリトリ線みたいな点々の傷跡があって、それは小学生の頃、友人の永見の家に遊びに行くときに自転車のペダルを踏み外してチェーンに脚が巻き込まれてしまい、付いたものだ。永見のお母さんにオロナインを塗ってもらって事無きを得たのだけれど、傷跡は残ってしまった。痛々しい気もするけど、眠たい顔に似つかわしくない傷跡が、ワイルドな感じを演出してくれるので、ちょっと気に入っていたりもする。なお、他人にフクラハギを見せる機会はあまりない。


中学生の頃に起きた事件も、やはり、自転車に乗っているときに起きたものだ。
確かそのとき僕は中学三年生だった。受験生だけどそこそこ成績の良かった僕は暇を持て余していたので、友人の浦野の家に自転車で遊びに行くところだった。永見から借りたポケモンゲームボーイ、あと湖池屋のスコーンだけをカバンに突っ込んで、自転車の前カゴに入れていた。まるで小学生だけどしょうがない。昔から行動的な方ではなかったから。
フクラハギを怪我した場所と平行して走っている坂道を下っているとき、二人乗りの原付にカバンを引ったくられた。今でも覚えているけど、僕のカバンを引ったくったのは茶髪のツイストパーマだった。とても動転したけど、そこそこ成績の良かった僕は通学路にある「こども110番の家」に指定されている店の場所を覚えていたので、自転車で坂道を駆け上がって、110をして、オレンジジュースを貰って、警察を待った。パトカーの中で事情を聞かれた。下校中の同級生に見られて、とても恥ずかしかった。数時間後見つかったカバンからは永見から借りたポケモンゲームボーイも無くなっていた。あと湖池屋スコーンも無くなっていた。


小さなことを面白く話すのは難しい。

darling

昨年の歌番組で西野カナの“Darling”を聴く機会が結構あった。若い歌手にしては歌が上手いのと隣県出身ということもあって、以前から少しだけ好感を抱いていた。だけど、若い女性向けの音楽はおじさんにとってちょっと眩しすぎて、聴くに堪えない。なんてったって会いたくて震えている歌詞の歌ばかり歌っていた彼女である。震えるのは小便した後と馬券を外したときだけのおじさんとは生きている世界が違う。しかし、アコースティックな曲調に惹かれ、ラジオや歌番組で流れる“darling”を聴いているうちに、この歌はすげえ、と思うことになった。

http://m.youtube.com/watch?v=sawxwunW7G0

歌詞の内容は、一見いたって普通のラブソングにみえる。
理想とはかけ離れただらしない恋人に対して、何故あなたを好きになってしまったのか、また反対に、あなたは何故私なんかを好きになったのか、きっとお互い変わり者なんだね、仲良くしていこうよ、と投げかける、といったもの。
しかし、この歌詞こそが10代〜20代前半の女性にとって西野カナを唯一無二のものにしていると思う。

“Darling” 歌詞

『若い』女の子にとって、いや男にとっても、世界とはとても狭いものだと思う。僕だっておじさんと自称しているもののまだ今年三十路。大した人生経験はないけれど、自分の知りうる世界が狭いものだということくらいは知っている。だけど、『若い』ということはそれすらも知らないことだと思う。彼女らにとって、ついこの間までは自身を取り囲むのは家族や気の合う友人ばかりだったはずだ。しかし、自身にも、身の回りの人間にも恋人ができ始めて、ちょうど自分とは違う価値観を持った人間に触れ合う時期がやってくる。そんなとき、まるで彼女らは異星人にでも逢ったかのような、そんな気持ちになるんではないだろうか。


そんなとき、西野カナの歌のターゲットになるような若い女の子達はどうするんだろうか。きっと、「話す」んだと思う。友人とお話して、例えば恋人とのエピソードや、ちょっと変なところを話し合う。
“Darling”はきっと西野カナ自身のこのあたりの体験を基にして作詞されたんじゃないだろうか。
きっと“Darling”を聴いた若い女の子は、自身か、身の回りの誰かの恋人のことを思い起こす。



ここで注目したいのが、“Darling”の歌詞は『誰にでも当てはまるのに、そう思わせない』力があるというところである。序盤の歌詞を一度読んでみてほしい。

>ねぇ Darling ねぇ Darling
>またテレビつけたままで
>スヤスヤどんな夢見てるの?
>ねぇ Darling また脱ぎっぱなし
>靴下も裏返しで
>もー、誰が片づけるの?

よくよく考えれば解ることだけど、こんな男はどこにでもいるし、こんな男を好きになる女もどこにだっている。引用はしないけれど、後に続く歌詞にしたってそうだ。女性の身支度に付き合うのを億劫に感じる男は少なくないし、憧れの女優に似ていない女性と付き合うのは多数派で、むしろ当たり前のことだ。しかし、新しい価値観に触れ始めた若い女性達にとってはそうではない。脱ぎっぱなしの服や靴下を見て、幻滅したことのある女の子もいるかもしれない。経験を重ねるうちに、その程度のことはよくあることなのだと解るんだけど、自分とは違う価値観に触れること自体に慣れていない者にとってこれは、自分や友人の恋人と重ね合わせることの出来る『共感できる』特別な歌詞となる。当たり前のことを書きながら、ターゲットの層にとっては特別なものになっているのだ。

最大公約数の歌詞をもって多くの人に共感を覚えさせることは、ポップミュージックの一つの使命である。しかし、あまりにも薄くなった詞では人々を感動させることは難しい。だからこそ、最大公約数の歌詞でありながら、聴き手が特別な共感を覚えることを目指している“Darling”はとても珍しいものなのではないかと思う。いや、もしかして僕が気づいていなかっただけで、湘南の風みたいなのも、ターゲットの層に対してはそういう曲だったのかもしれない。僕には大貧民で負けてマジギレした友人はいないから解らないけれど。

レキシ


テオドシウスの城壁は三重になって外敵を阻む。


「アッ、三重壁だ!」

修了旅行でトルコへ行ったときに友人の一人が言った。格安のバスツアーで、トルコの西半分を一週間で一回りする結構ハードなスケジュールだった。イスタンブールを回っている最中彼が言ったその言葉を聞いたとき、なんとなく悔しさと、それと同時にある種の感動を覚えた気がする。それは、「何かを知っていることが、世界を変える」ということに気付いたからだった。レンガの壁を見て、自分には思うところ一つ無かったのに、彼は突然叫びだして(本当に突然叫んだからみんなびっくりした)、何やら感動している。世界史の授業を寝て過ごした自分が歴史に興味を持ち始めたのも、この出来事があったからかもしれない。それからというもの、歴史小説や、資料集や、当時の文学作品をたくさん読むようになった。チュニジアベトナムを一人で回って歴史の痕跡を見つけたとき、彼の叫んだ理由が本当の意味で解ったような気がした。

テオドシウス城壁の歴史

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先日、といってもだいぶ前、だいぶ前と言ってもそんなに前でも無いんだけど、新婚旅行でイタリアへ行った。イタリアにはパチモノのブランド品を売る黒人がそこら中に屯していて、妻は終始ビビりまくっていた。いろいろ見たいものがあって、でもツアー旅行だから(フリーで周るのは怖がりな妻に拒否された)見れたものも見れなかったものもたくさんあるんだけど、それでもコンスタンティヌス凱旋門を見ることが出来た。


コンスタンティヌス凱旋門

あいにく工事中だったから、左半分だけ。
この凱旋門はところどころ作られた年代が違う。当時ローマ帝国は衰退の一途を辿っており、多くの部分を転用材に頼らざるを得なかったのだ。後年のものほどレリーフが稚拙になっていることに寂しさを感じずにはいられない。しかし、それでいて、この威容である。

簡単な解説

コンスタンティヌス凱旋門のちょうど後ろには有名なコロッセオ、そして左手にはフォロ・ロマーノが控えており、まさに欧州史の王・長嶋といった場所である(秀逸な例え)。古代、コロッセオのような建築に使われたのがアーチという半円型の構造である。これが中世のゴシック建築になると尖頭アーチと呼ばれる先の尖ったものに変わる。


フォロ・ロマーノ。中央に見えるのはティトゥス凱旋門

コロッセオ。ドーム状のアーチが連なっている。


ミラノのドゥオモ。ゴシック建築

余談だけど、昔行ったベトナム中部のミソン遺跡は本来のアーチ構造ではなく、擬似アーチ構造とも呼ばれる迫り出しアーチが採用されている。アーチと違い内部空間は狭くなる。みっちりと擦り合わされたレンガにレリーフが掘られている。

迫り出しアーチ
チャンパ遺跡(チャン・キイ・フォン)(古い本だけど結構面白い)


ミソン遺跡。レンガの写真撮ったのにどっかいってしまった……。

現代のイタリアを回って、歴史の縦のつながりを感じながらそれらを見ることが出来るのはとても感慨深い。大きく美しい遺跡はそれだけで感動させてくれる。しかし、歴史を少しでもかじるとまた違った風景が見えてくる。実学でないものには、学ばなくては解らない、こういう意味があるんだろう。